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神戸地方裁判所 平成4年(レ)21号 判決

控訴人

斎藤国男

松本光義

右両名訴訟代理人弁護士

古殿宣敬

野田底吾

羽柴修

本上博丈

西田雅年

被控訴人

高尾八寿子

右訴訟代理人弁護士

仁科義昌

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の主位的請求を棄却する。

三  控訴人斎藤国男は、被控訴人に対し、被控訴人から金三〇〇万円の支払いを受けるのと引換えに、別紙物件目録(二)記載の建物を明け渡せ。

四  控訴人松本光義は、被控訴人に対し、別紙物件目録(二)記載の建物を明け渡せ。

五  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを二分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  訴訟費用は控訴人らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  (主位的請求について)

1  主位的請求原因

(一) 動産たる別紙物件目録(一)記載の物件(以下、「本件物件」という。)は、被控訴人の所有に属する。

(二) 控訴人らは、本件物件を占有している。

(三) よって、被控訴人は、控訴人らに対し、所有権に基づき、動産である本件物件の引渡しを求める。

2  主位的請求原因に対する控訴人らの認否

(一) 主位的請求原因(一)、(二)の各事実はいずれも否認する。

(二) 本件物件は、屋根、囲壁を有し、柱は土中に埋められてコンクリートで固められているうえ、昭和二五年ころに建てられて以降、その敷地に継続的に固着して、一貫して店舗として使用されてきたものであるから、土地の定着物たる建物であることが明らかである。

3  抗弁

(一) 控訴人斎藤国男(以下、「控訴人斎藤」という。)の抗弁(占有正権原―賃貸借)

(1) 本件物件は、もと(昭和二八年ころ)河村四郎および高尾松之助の共同所有に属していたところ、控訴人斎藤は、昭和二八年ころ、右両名から期間を定めることなく本件物件を賃借りし(以下、「本件賃貸借(一)」という。)、引渡しを受けた。

(2) 右河村四郎が昭和二九年五月二九日死亡したため、河村節夫、河村忠夫、河村一生、河村昱生および坪井弥生が共同相続し、右高尾松之助が昭和三六年四月一九日死亡したため、高尾護が相続し、昭和五一年八月一八日、右相続人らで本件物件についての共有物分割協議をした結果、本件物件が右高尾護の単独所有に属することとなり、同人が本件賃貸借(一)の賃貸人たる地位を承継したが、同人が昭和五九年一二月二日死亡したため、被控訴人が相続した。

(二) 控訴人松本光義(以下、「控訴人松本」という。)の抗弁(占有正権原―転貸借)

(1) 前記抗弁(一)(1)と同じ。

(2) 同(2)と同じ。

(3) 控訴人松本は、昭和三五年ころ、控訴人斎藤から本件物件を賃借りし(以下、「本件転貸借(一)」という。)、引渡しを受けた。賃料は現在一万円である。

(4) (承諾)

控訴人斎藤は、本件転貸借(一)について、河村節夫、河村忠夫、河村一生、河村昱生、坪井弥生および高尾松之助から承諾の意思表示を得た。

(5) (黙示の承諾)

仮に、明示の承諾を得ていなかったとしても、控訴人松本は、昭和三五年ころから三〇年間にわたり、本件転貸借(一)に基づき、本件物件を占有しており、その間、被控訴人を含む賃貸人(ら)はこれを黙認していたのであるから、黙示の承諾があったというべきである。

4  抗弁に対する認否

(一) 抗弁(一)の各事実(同(二)の(1)、(2)の各事実)は認める。

(二) 同(二)の(3)、(4)の各事実は不知。

(三) 同(二)の(5)の事実は争う。

5  再抗弁(本件賃貸借(一)の終了)

(一) 被控訴人は、控訴人斎藤に対し、昭和六二年八月一三日到達の書面で本件賃貸借(一)を解約する旨の意思表示をした。

(二) よって、昭和六二年八月一四日の経過により、本件賃貸借(一)は終了し、本件転貸借(一)もその基礎を失い、控訴人らは占有権原を失った。

6  再抗弁に対する控訴人らの認否

再抗弁(一)の事実は認める。

7  控訴人らの再々抗弁(権利濫用)

被控訴人の請求は、控訴人松本の本件物件を利用しての営業を妨害する目的に出たものであり、権利の濫用に当たる。

8  再々抗弁に対する認否

否認ないし争う。

二  (予備的請求について)

1  予備的請求原因

(一) 別紙物件目録(二)記載の物件(以下「本件建物」という。)は、被控訴人の所有に属する。

(二) 控訴人らは、本件建物を占有している。

(三) よって、被控訴人は、控訴人らに対し(但し、控訴人斎藤に対しては、立退料三〇〇万円の支払いと引換えに)、所有権に基づき、本件建物の明渡しを求める。

2  予備的請求原因に対する認否

すべて認める。

3  抗弁およびその認否

前記一の3、4と同じ(但し、「本件賃貸借(一)」を「本件賃貸借(二)」と、「本件転貸借(一)」を「本件転貸借(二)」と、「本件物件」を「本件建物」とそれぞれ読み替えるものとする。)。

4  再抗弁(本件賃貸借(二)の終了)

(一) 被控訴人は、控訴人斎藤に対し、昭和六二年八月一三日到達の書面で本件賃貸借(二)を解約する旨の意思表示をした。

(二) (正当事由)

右解約申入れには、以下のとおり正当な事由がある。

(1) 被控訴人は、本件建物の北隣に存する被控訴人所有の建物(以下「薬局建物」という。)において薬局(以下「川崎薬局」という。)を経営しているところ、同建物は老朽化しているため建て替える必要がある。折から、本件建物所在地周辺において都市再開発事業の構想が持ち上がっていることもあり、被控訴人所有の土地の有効利用を図るためにも、本件建物を取り壊したうえで、被控訴人所有の本件建物の存在する土地をも含めた敷地上に、新たに薬局営業のための店舗を新築する必要がある。

(2) 控訴人斎藤は、本件建物を控訴人松本に賃貸し、自らはなんら使用しておらず、控訴人斎藤には本件建物を使用する必要性がない。

(3) 控訴人松本は、控訴人斎藤から本件建物を賃借(転借)し、これを利用して靴屋を営んでいるが、その営業状態は、雨天の日には営業を休むうえ、それ以外の日でも休業することが多く、営業する日でも営業時間は短く、したがって、その営業収入は僅少であって、控訴人松本およびその家族の生活を維持するに足りないものであって、同控訴人の本件建物の使用の必要性はそれほど強いものではない。

(4) 被控訴人は、正当事由を補完するために、控訴人斎藤に対し、立退料三〇〇万円を支払う用意がある。

(三) 被控訴人は、転借人である控訴人松本に対し、昭和六二年八月一三日到達の書面で、本件賃貸借(二)を解約する旨の通知をした。

(四) よって、昭和六三年二月一三日の経過により、本件賃貸借(二)は終了し、本件転貸借(二)もその基礎を失い、控訴人らは、占有権原を失った。

5  再抗弁に対する控訴人らの認否

(一) 再抗弁(一)の事実は認める。

(二) 同(二)の冒頭および(1)ないし(3)の各事実は否認ないし争う。被控訴人には本件建物を自ら使用する必要性は全くないのに対し、控訴人松本は、昭和二五年ころより新開地で靴磨き、靴修理の露天商を始め、昭和三五年以降、現在に至るまで本件建物で靴屋を営んでおり、妻および三人の子供がいて、同控訴人一家の生活は本件建物での営業にかかっているから、同控訴人が本件建物を使用する必要性は極めて高い。

また、控訴人松本は、椎間板ヘルニヤを長期にわたって患い、午前中は毎日通院して治療にあたり、すでに五五歳の高齢で転職も困難な状況にある。

(三) 同(三)の事実は認める。

(四) 同(四)は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一主位的請求について

1  主位的請求原因について

(一)  被控訴人は、自己が動産たる本件物件を所有し、控訴人らが動産たる本件物件を占有している旨主張するので、以下検討する。

(二)  (本件物件が動産か不動産か)

(1) 証拠(〈書証番号略〉、原審における検証の結果、原審における被控訴人〔第一回〕および控訴人斎藤各本人、原審および当審における控訴人松本本人)によれば、以下の事実が認められる。

① 控訴人斎藤が、河村四郎および高尾松之助から本件物件を賃借した昭和二八年当時の本件物件は、別紙図面とほぼ同じ形であるが、床はなく、基礎工事はなんら施されず、いわばふたのない大きな長方形の木の箱(但し、その壁面のうちの短辺の壁面の一つには壁が全くなく、長辺の壁面の一つは半分以上が開口部となっている。)を逆さにして単に地面の上に置いてあるだけの工作物であり、控訴人斎藤の妻が本件物件で日用雑貨品を販売していた。

② 昭和三〇年ころ、本件物件の北側に隣接する薬局建物を建替えた際、本件物件を一時移動させたことがあった。

③ 昭和三二、三年ころ、控訴人斎藤の娘が、本件物件で立飲み屋を始めた際、酔った客を相手にすることから、本件物件を支える柱を取り替え、床を張り、柱の下部をコンクリートで塗り固めて地面と結合させるなどして本件物件に補強を施した。

そして、本件物件内には、六つの椅子とカウンターが設置され、西側の流しを利用してカウンター内で料理を作っていた。

④ 控訴人松本は、昭和三五年ころに、控訴人斎藤から本件物件を賃借してからは、本件物件を利用して、その所在場所で靴磨き、靴修理業を営んでいるが、昭和五一、二年ころ、雨漏りのため本件物件の屋根を修理し、床板を張り替え、南側の中障子をガラス戸に替えた以外は本件物件に特に手を加えることはしていない。

⑤ 昭和五〇年前後に、本件物件が存する路地にコンクリート舗装が施された。

⑥ 本件物件は、薬局建物の南側に存する路地入口部分(但し、本件物件の敷地部分は被控訴人の所有に属する。)に存在しており、右路地の間口の半分ほどを占めていて、その東側は商店街となっている新開地本通りに面し、その北側は薬局建物の南壁と約五センチメートルの間隔でほぼ接している。

⑦ 本件物件の形状は別紙図面のとおりであり、四隅にある四本の木の柱を支えとし、床面は板張り、北側と西側の柱と柱との間は板壁で囲まれ、上部は合板を張った上にトタンを張り、東側と南側の側面には板壁等はなく雨戸が用意されているが、営業する際には取り外し、東側には靴を並べ、南側を出入口として利用している。

本件物件内には、靴修理用のミシンや金型(靴の形をした鉄の台)、陳列ケース等が置かれてあり、控訴人松本は、その中で靴の修理業務を行っている。

(2) ところで、土地およびその定着物は不動産とされ(民法八六条一項)、その他の物はすべて動産とされている(同条二項)ところ、土地の定着物とは、土地に付着せしめられ、かつその土地に永続的に付着せしめられた状態において使用されることがその物の取引上の性質であるものをいう(最高裁昭和三七年三月二九日第一小法廷判決民集一六巻三号六四三頁参照)と解するのが相当であり、建物とは、屋根および周壁又はこれに類するものを有し、土地に定着した建造物であって、その目的とする用途に供しうる状態にあるものをいう(不動産登記法一四条、不動産登記事務取扱手続準則一三六条参照)とされている。

そして、前記(1)で認定した事実からすると、控訴人斎藤が本件物件を賃借した昭和二八年当時の本件物件の形状は、別紙図面とほぼ同様であり、その定着性は、いわばふたのない大きな長方形の木の箱を逆さにして単に地面の上に置いてあるだけの工作物であり、容易に移動することも可能であり、土地の上に永続的に付着せしめられた状態において使用されることが予定された性質の物とはいえず、定着性に欠け、不動産ではなく動産であったというべきである。

しかしながら、その後、昭和三二、三年ころ、控訴人斎藤において、支柱を取り替え、床を張り、支柱の下部をコンクリートで塗り固め地面に結合するなどの動揺防止措置が施され、昭和五〇年前後には、本件物件の周囲に、何人かによって、コンクリート舗装が施されていることなどからすれば、本件物件は容易には移動できず、また、本件物件の利用状況を見ると、控訴人斎藤において、動揺防止措置が施された本件物件内に、六つの椅子とカウンターを設置し、西側の流しを利用してカウンター内で料理を作るなどして本件物件を利用し、控訴人松本にあっては、昭和五一、二年ころ、雨漏りのため本件物件の屋根を修理し、床板を張り替え、南側の中障子をガラス戸に替えるなどしながら、昭和三五年ころ以降、現在に至るまで、本件物件内に靴修理用のミシンや金型(靴の形をした鉄の台)、陳列ケース等を設置し、靴磨き、靴修理業を行い、本件物件を利用してきたことが認められ、これらの事実からすれば、本件物件は、土地の上に永続的に付着せしめられた状態において使用されることが予定されはじめたものといえ、土地の定着物たる不動産と化したというべきである。

そして、前記認定事実および証拠(原審における被控訴人〔第一回〕、控訴人斎藤各本人および弁論の全趣旨)によれば、控訴人斎藤において、本件物件の支柱の下部をコンクリートで塗り固め地面に結合するに際しては、当時賃料を持って行っていた河村四郎の共同相続人の一部の者の承諾を得ていたことが窺えること、控訴人松本への本件物件の引き渡し後も、本件物件の近くに居住していた右共同相続人の一部の者が、控訴人斎藤からなんら異議なく賃料を受領していたこと、高尾護は、昭和五〇年前後ころ、本件物件の周囲にコンクリートが舗装されたことを知り、更に昭和五一年八月一八日、本件物件の賃貸人の地位を単独承継してから、昭和五四年ころ、控訴人斎藤に対して賃料増額請求をするまでの間、右高尾護がなんら異議なく賃料を受領していたことがそれぞれ認められ、そうであれば、少なくとも昭和五四年ころまでには、本件賃貸借(一)(本件転貸借(一))の目的物が土地の定着物たる不動産と転化したことを高尾護も黙示的に承認していたものと推認することができる。

そして、本件物件の形状は別紙図面のとおりであり、四本の木の柱を支えとし、床面は板張り、北側と西側の柱と柱との間は板壁で囲まれ、屋根部分は合板を張った上にトタンを張り、東側と南側の側面には雨戸が用意されているが、控訴人松本が靴屋営業する際には取り外し、東側には靴を並べ、南側を出入口として利用し、控訴人松本が本件物件内で靴磨き、靴修理業を行っている状況からすれば、本件物件は現時点においては、動産ではなく、建物として独立の不動産となっていると認めることができる。

(三)  そうすると、現在、被控訴人が動産たる本件物件を所有し、控訴人らが本件物件を占有しているとの被控訴人主張事実を認めるに足らず、その他右主張を認めるに足りる証拠はないから、被控訴人の右(一)の主張は理由がない。

(四)  よって、本件物件が動産であることを前提として、その引渡しを求める被控訴人の主位的請求はその前提を欠くので、その余の事実について判断するまでもなく理由がない。

二予備的請求について

1  予備的請求原因について

予備的請求原因事実は、すべて当事者間に争いがない。

2  抗弁について

(一)  抗弁(一)の各事実および同(二)の(1)、(2)の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

(二)  同(二)の(3)の事実(本件転貸借(二))については、証拠(〈書証番号略〉、原審および当審における控訴人松本本人、原審における控訴人斎藤本人)により、これを認めることができる。

(三)  同(二)の(4)の事実(承諾)にいて

本件全証拠を検討するも、本件転貸借(二)に際し、当時(昭和三五年ころ)の前記共同賃貸人全員の承諾を得たとまでは認めることができない。

(四)  同(二)の(5)の事実(黙示の承諾)について

しかしながら、証拠(原審における控訴人斎藤および同松本各本人並びに弁論の全趣旨)によれば、本件転貸借(二)に際して、少なくとも当時(昭和三五年ころ)の共同賃貸人の一部の者の承諾を得ていたことが窺えること、本件転貸借(二)に基づく控訴人松本への本件建物の引渡し後も、本件建物の近くに居住していた河村四郎の共同相続人の一部の者が、控訴人斎藤からなんら異議なく賃料を受領していたこと、昭和五一年か同五二年ころ、賃料を受領していた右共同相続人の一部の者から、以後は高尾護に賃料を持参するよう指示され、昭和五四年ころ、右高尾護から賃料増額請求を受けるまで同人がなんら異議なく賃料を受領していたことがそれぞれ認められるところ、右認定事実によれば、少なくとも昭和五一年か同五二年ころまでには、河村四郎の共同相続人および高尾護が本件転貸借(二)を黙示的に承諾していたと認めるのが相当である。

3  再抗弁について

(一)  再抗弁(一)の事実については当事者間に争いがない。

(二)  同(二)の各事実(正当事由の基礎付け事実)について

(1) (被控訴人の必要性―土地の有効利用)

証拠(〈書証番号略〉、原審における被控訴人本人〔第一、二回〕および弁論の全趣旨)によれば、以下の事実を認めることができる。

① 本件建物の北側に隣接する薬局建物は、昭和三〇年ころ、建替えられたものであり、三〇数年経過し、雨漏りがするなど老朽化してきたことから、被控訴人としても同建物の建替えを考えていたところ、折から本件建物および川崎薬局が面する新開地本通りの周辺地域について、新開地のまちづくり構想が進められいた。

② 新開地のまちづくり構想とは、住民等の参加による住み良いまちづくりを推進することを目的として制定された「神戸市地区計画及びまちづくり協定等に関する条例」に基づき、新開地の住民等により推進される新開地活性化のための構想であり、右構想の実現に向けて、まちづくり協議会の組織化、将来像としてのまちづくり提案(そして神戸市長とのまちづくり協定の締結)へと順次ステップを踏んでなされていくものである。新開地まちづくり構想は、昭和五九年一〇月、新開地商店街連合会、各商店街および新開地周辺自治会で組織するまちづくり協議会が結成され、翌六〇年、神戸市長から協議会としての認定を受けて以来、着々と新開地活性化に向けての計画が実現しつつある状況にある。

③ 被控訴人は、新開地商店街の一員として右構想に協力し、新開地全体のイメージを統一し活性化を図るために、また、副次的に薬局建物の雨漏り等による建て替えの必要性から本件建物および薬局建物を取り壊し、それらが所在する土地にまたがる右イメージに沿った新たな薬局経営のための建物を建築し、その所有する土地を一体として有効に利用したいというにある。

(2) (控訴人斎藤の使用の不必要性)

控訴人斎藤は、控訴人松本に本件建物を賃貸(転貸)しており、本件建物を自ら使用する必要性は、控訴人松本からの賃料収入以外、特に認められないから、その必要性に乏しいといわざるを得ない。

(3) 同(二)の(3)の事実(控訴人松本の使用の必要性)について

証拠(原審における被控訴人本人〔第一回〕、原審および当審における控訴人松本本人、原審における証人岡山、および弁論の全趣旨)によれば、以下の事実を認めることができる。

① 控訴人松本は、昭和三五年ころに控訴人斎藤から本件建物を賃借してから現在に至るまで、本件建物を利用して、靴磨き、靴修理業を営んできた。

② 昭和五〇年ころ、控訴人松本の本件建物での営業は繁盛していたが、平成元年ころには、椎間板ヘルニヤや交通事故の後遺症であるむちうち症の治療により午前中は病院に通院するため、本件建物での営業時間は午前一一時三〇分ころから午後六時三〇分ころまでであり、日曜と雨天の日および体調の悪い日は休業し、右営業状態が現在にいたるまで続いている。

③ 控訴人松本の本件建物での靴屋営業による収入は、現在月額一三、四万円程度であり、右収入と子供が家計に入れる若干の収入により、その家計が維持されている。

(三)  (正当事由の存否)について

(1) 旧借家法一条ノ二(借地借家法附則一二条)に規定する解約申し入れの正当事由の存否は、賃貸人側および賃借人側双方の必要性等を比較考慮して判断すべきものと解するのが相当である。そこで以下、被控訴人の解約申入れについて、正当事由が存するかどうかについて検討する。

(2) 被控訴人の必要性とは、主として本件建物が所在する土地の有効利用(隣地との一体的な有効利用)を図りたいというにあるところ、右意図は、右(二)(1)において認定したとおり、地域住民による新開地の活性化のためのまちづくり構想に賛同し、被控訴人も商店街の一員として協力するということからのものであり、また、副次的に薬局建物の雨漏り等による建て替えも含まれていることからすれば、薬局建物および本件建物が所在する土地の一体的な有効利用を図りたいという被控訴人の意図は合理性を有し、またその社会的ないし地域的な必要性も否定できない。

(3) ところで、賃借人側の必要性等の事情としては、賃借人のみならず、適法な転借人の事情をも考慮すると解するのが相当であるところ、控訴人松本は右(二)(3)において認定したとおり、昭和三五年ころから現在に至るまで、本件建物で靴屋営業を営み、その収入に子供が家計に入れる若干の収入を加えてその家計を維持しているなどの事情に照らせば、控訴人松本が本件建物を使用する必要性も十分に認められる。

(4) しかしながら、控訴人松本は、別に生活の本拠を有しており、本件建物から立ち退いた場合でもその生活の本拠を失うわけではなく、また、控訴人松本は、椎間板ヘルニヤを長期にわたって患い、午前中は毎日通院して治療にあたり、すでに五五歳の高齢で転職も困難な状況にある旨主張するが、その営業の規模、収益額等に照らすと十分な金銭的補償があれば、他に移転し、同人の経験と営業努力によって、その被る損害は代替できないものとまではいえないというべきである。

(5) また、控訴人斎藤は、控訴人松本に転貸しており、その必要性(主として賃料一万円の収入)は金銭的補完により代替できない性質のものではない。

(6) 以上検討したところからすれば、賃貸人である被控訴人の必要性は、賃借人である控訴人斎藤側(転借人である控訴人松本の必要性も含む。)の必要性を明らかに上回るものとはいえないが、賃借人側の必要性に見合う金銭的補償(立退料の提供)によって、その正当事由は補完され具備するものというべきである。

(7) そこで、被控訴人は正当事由を補完するものとして、金三〇〇万円の立退料の提供を申し入れているので検討するに、証拠(〈書証番号略〉)によれば、本件建物が所在する土地の平成三年度の路線価は一平方メートルあたり金五七万五〇〇〇円であり、その借地権割合は七〇パーセントであること、新開地四丁目一の同年度の路線価は一平方メートルあたり金一〇五万円であり、公示価格は一平方メートルあたり金一七〇万円であることが認められる。したがって、本件建物が所在する土地の更地価格は、公示価格の1.2倍とみて、次式のとおり金五五六万円となる。

57万5000円÷105万円×170万円×4.98m2×1.2≒556万円

そして、借地権価格はその七〇パーセントに相当する金三八九万円となり、さらに借家権価格は借地権価格の三割程度が相当であると解せられるので、本件建物の借家権価格は約一一六万円となる。

そして、右借家権価格に、本件賃貸借(二)終了による控訴人斎藤の不利益(本件転貸借(二)による利益―主として賃料一万円の収入)、および控訴人松本の不利益(月額約一三、四万の収人、他所に移転することによる不利益)その他本件にあらわれた諸般の事情を総合考慮すると、被控訴人の提示する立退料三〇〇万円の金銭的給付の補完により正当事由は具備し、本件賃貸借(二)の解約申し入れには正当事由があるというべきである。

(四)  したがって、昭和六三年二月一三日の経過(顕著な事実である。)により、本件賃貸借(二)は終了し、本件転貸借(二)もその基礎を失った。

4  よって、被控訴人の予備的請求は理由がある。

三以上、認定説示したとおり、被控訴人の主位的請求には理由がなく棄却すべきところ、これを認容した原判決は相当でないからこれを取消した上、被控訴人の予備的請求は理由があるからこれを認容し、仮執行宣言については相当でないから付さないこととし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法九六条、八九条、九二条本文、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官辰巳和男 裁判官石井浩 裁判官山田整)

別紙物件目録

(一) 神戸市兵庫区湊町三丁目二五番地一三、一四(仮換地 永沢換地区二街区一―四)所在

木造トタン葺工作物

床面積 4.98平方メートル

(別紙図面表示のとおり)

(二) 神戸市兵庫区湊町三丁目二五番地一三、一四(仮換地 永沢換地区二街区一―四)所在

木造トタン葺建物

床面積 4.98平方メートル

(別紙図面表示のとおり)

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